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相手への思いやりこそが日本社会の原点?
私は去年からブラジル系の企業から日本の企業に転職をしたのだが、日本で大きな問題なく生活をしている私でも、大きなカルチャーショックをいくつか体験した。日本企業で勤める以上、もちろん毎日のコミュニケーションを日本語ですることになる。しかも、会社を代表してお客様や取引先と連絡するので、日本語も完璧でなければいけない。ここで登場するのが敬語、こればかりは日本語能力試験では太刀打ちできない。そもそも、日本人でさえ間違える人がいっぱいいるのに、何でこんな不便な言葉を使うのか?と酒の席で訊いてみた。「お前がそれを言っているのは、まだ日本の社会をわかっていないからだ」。酔っている上司にむやみに反論をしては行けないと友人からのアドバイスを思い出し、とりあえずビールを飲んで相槌をうつ「そうですね」。

「敬語は便利な言葉だよ。じゃなければ今まで使われ続ける訳ないだろう?日本人はな、昔から村とかで暮らしていた時から、みんなで協力しないと生きて行けないんだよ。そのために相手を大事にしていることを示すには敬語が一番はやいわけよ。」

他の理由は絶対にあるだろうと思いつつも、確かに一理のある答えだ。キーワードは「他人への思いやり」か、この視点からみれば、ブラジルにない幾つかの風習の説明がつく。

  • お歳暮、手土産などのプレゼントと包装の重視し、あなたを大切にしていることをアピールする。
  • 携帯電話を交通機関内で通話を禁止したり、地下鉄で未だに使えなくし、他人に迷惑をかけない。
  • 時間を厳守することで、他人の時間を無駄にしない。
  • エスカレーターを使う際に左側に偏って、急いでいる人の邪魔をしない。

などなど、いっぱいあると思う。なるほど、興味深い指摘だ。酔っ払いの話も聞くものだ。